脇見運転は事故の元

「前を向け!脇目も振らずに進めー!」でありたい

 

人のこと言う前に自分のこと考えなさいと頭では理解しているのに、無意識に、ふとした瞬間に、他人の心配をしてしまう

 

結果的には無駄なのに、一方的に、ただ勝手に、他人・友人の幸せを心配している自分がいる

 

なんでこんな意味のないことを考えてるんだろう、とす思うことがよくある

第一、自分の問題が目の前にあるはずなのに

それとも、人の心配をしてられる程、自分は平和ぼけなのか

 

 

 

そんな考えが、ずっと、ずっと、常日頃から続いてて、もどかしいなぁって悩んでた中で、3週間ほど前に読んだ本の一説にこんな一文があった

 

” 人はそれぞれ与えられた譜面を必死に演奏することしかできないし、そうするしかない。隣の譜面を覗く余裕もない。自分の譜面を演奏しながら、他人もうまく演奏できればいいな、と祈るだけだ”

 

 

この一節で、隕石が心の中に落ちてきて、自分の考え方が少し修正された

(隕石というのは、凄まじい感触の比喩)

 

いい年した社会人の考えを変えるのは、余程の大失態でも起こさない限り難しい、

と自覚してたけど、この一言に、はっとした 

 

 

 

 

 

僕のFacebookの友達559人の内の誰かが、今日も、大変な目に逢っているだろうけど、僕に助けてを求める事もなく、自分でどうにかうまく乗り越えてるだろう

 

 

僕たちは、自分の時間を、自分の人生を、自分の仕事を、自分でちゃんとやるしかできないって気付いた

やっと気が付いて、すっきりした

 

 

 

「脇見運転は事故の元、目的地に向かって前を見て運転しましょう」という話でした